2015/11/19

福島の子ども、甲状腺がん「多発」どう考える 津田敏秀さん・津金昌一郎さんに聞く

2015年11月19日 朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12074780.html?rm=150

東京電力福島第一原発事故を受けて、福島県が子どもたちを対象に実施している甲状腺検査で、これまでに104人が甲状腺がんと確定した。この「多発」をどうみたらよいのか。放射線の影響なのか、そうではないのか。見解の異なる2人の疫学専門家に聞いた。



■原発事故の影響、否定できぬ 津田敏秀さん 岡山大大学院教授(環境疫学)
津田敏秀さん

福島県の甲状腺検査は1巡目のデータ解析でも、国立がん研究センターの統計による全国の19歳以下の甲状腺がんの年間発生率と比べ、検査時点でがんと診断された人の割合は県央部の「中通り」で約50倍、県全体でも約30倍の「多発」となる。

高感度の機器で一斉に調べれば自覚症状のない隠れたがんも見つかるため、それを補正して比較した数値だ。一斉検査での「増加」は過去の報告の分析でも数倍程度。福島は桁が違う。多発は県の検討委員も認めざるを得なくなってきた。

「生涯発症しないような成長の遅いがんを見つけている」という「過剰診断」説もある。だが、これほどの多発は説明できない。過剰診断説を採ると、100人以上の手術が不適切だったことになってしまう。県立医大の報告では、同病院で手術を受け、がんと確定した96人のうち4割はがんが甲状腺の外に広がり、7割以上がリンパ節に転移していた。

逆に、多発と原発事故との関連を否定するデータはない。事故直後に放射線量が高かったと見られる県央部や原発周辺自治体ごとのがんの人の割合、事故から検査までの期間をふまえて解析してみると、被曝(ひばく)量と病気の相関関係、つまり「量―反応関係」も見えてくる。

県は、チェルノブイリ原発事故では4~5年後から乳幼児で増えたのに対し、福島では10歳以上に多いなど、違いを強調する。しかし、ベラルーシやウクライナの症例報告書を見ると、チェルノブイリ事故の翌年から数年間は10代で増えているなど、福島と驚くほど似ている。

福島で放出された放射性ヨウ素はチェルノブイリの10分の1とも言われるが、いかに低線量でも人体に影響があるとの考え方は国際機関に認められている。人口密度が高ければ影響を受ける人は増える。福島や北関東の人口密度はチェルノブイリ周辺の何倍もあり、多発の説明もつく。

予想される甲状腺がんの大発生に備えた医療体制の充実が必要だ。甲状腺がんは初期の放射性ヨウ素による内部被曝だけが原因ではなく、他の放射性物質からの外部被曝の影響を示す研究もある。甲状腺がんだけでなく、すべてのがんへの影響を考えれば、妊婦や乳幼児には保養や移住も有意義だ。放射線量が高い「避難指示区域」への帰還を進める政策は延期すべきで、症例把握を北関東にも成人にも広げる必要がある。

県の検討委は、甲状腺がんは成長が遅いというが、子どもの場合の実際のデータは違う。県の検査でも、1巡目で見つからなかったがんやがんの疑いが、2巡目で25人も見つかった。すべてが1巡目での見落としではないだろう。「放射線影響は考えにくい」とは言えない。

科学の役割は、データに基づいて未来を予測し、住民に必要な施策を、手遅れにならないように提案していくことにある。

 (聞き手・本田雅和)




■過剰診断とみるのが合理的 津金昌一郎さん 国立がん研究センターがん予防・検診研究センター長

津金昌一郎さん
日本全体の甲状腺がんの罹患(りかん)率(がんと診断される人の割合)から推計できる18歳以下の有病者数(がんの人の数)は福島県の場合、人口から見て2人程度。実際にがんと診断された子どもの数は、これと比べて「数十倍のオーダー(水準)で多い」とは言える。

数年後に臨床症状をもたらすがんを前倒しで見つけているという「スクリーニング効果」だけでは、この多さを説明できない。現時点では放射線の影響で過剰にがんが発生しているのではなく、「過剰診断」による「多発」とみるのが合理的だ。

過剰診断とは、将来的に症状が現れたり命を脅かしたりすることのないがんを診断で見つけてしまうこと。がんの中にはゆっくりと成長するもの、そのままの状態にとどまるもの、そのうち小さくなったり消えたりするものもある。

大人の甲状腺がんについては韓国の報告などで、過剰診断による増加が明らか。精度の良い検査の普及などで韓国では1年間に甲状腺がんと診断された人は1993~2011年の18年間で15倍に増えたが、亡くなる人の数はほとんど変わらない。

子どもの甲状腺がんについてのデータは、これまでほとんどない。しかし、大人の甲状腺がんや子どもの他のがんの観察から、がんは成長するだけでなく、小さくなるものもあることがわかっている。

一方、放射線の影響という主張に対し、私がそうではないと考える一番の理由は、地域ごとの放射線量とがんと診断された子どもの数が比例する「量―反応関係」が見られないと判断できるためだ。現時点では疫学的にはデータが少なすぎ、放射線量が高かった地域ほど、がんの子どもの割合が高いとは評価できない。

そもそも「多発」の原因が被曝(ひばく)なら、数十倍というオーダーの増加は相当の大量被曝を意味する。しかし、福島県民の被曝線量はチェルノブイリ原発事故による住民の被曝線量と比べて低く、過去の経験や証拠からそうとは考えにくい。被曝から発症・多発までの期間も早すぎる。放射線が原因の可能性はゼロではないが、極めて低いと考えるのが自然だ。

これらを明確にするためにも調査は続けるべきだ。ただ、過剰診断が強く疑われる現状では、調査を県外にまで広げるべきではない。たとえ1人が利益を受けたとしても、それよりはるかに多い人が本来診断されないがんを発見され、治療を受ければ、生活の変化を含めて様々な不利益を被ることになる。福島県の子どもたちの場合でも、がんが見つかってもすぐに治療せず、様子を見ることも検討すべきだ。福島県で甲状腺がんで亡くなる人は、死亡率からみて40歳まででも1人以下である。

現行の検査を続けながら、放射線の影響の有無について冷静に分析する必要がある。これは、国の責任でやるべきことだ。


 (聞き手・上田俊英)

 ◆キーワード

<福島県の子どもの甲状腺検査> 福島県が2011年10月から取り組む。対象は原発事故当時におおむね18歳以下の県民約37万人。昨春からの2巡目では事故後に生まれた乳幼児も加え約38万人となった。超音波でのどに結節(しこり)や嚢胞(のうほう=体液の入った袋状のもの)がないか調べ、一定の大きさ以上が見つかれば精密検査に進む。

今年6月末までに138人が「がんまたはがんの疑い」と診断され、手術を受けた105人中、104人ががんと確定した。

県は長期にわたって検査を続ける計画。しかし、受診率は1巡目の82%と比べ、2巡目の昨年度実施分は69%に下がった。事故で県民が全国に避難していることなどが背景にある。




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