2014/12/01

福島のお母さんの心 精神科医・福島学院大学教授の香山雪彦さん

 昨日、うけいれ全国(311受入れ全国協議会)の呼びかけで、全国から保養支援団体が郡山に集まり、「いのちと希望の全国交流会」が開かれました。私も参加して、全国の支援者のみなさんの声、福島や宮城、栃木から参加した、保養送り出しチームのお母さんたちの声も聞くことができました。こうして顔を合わせて話せる場は貴重ですし、4年目を迎えようという今だからこそ、必要なのだと思いました。
 少し前に新聞に掲載されたこの記事、「放射能を心配するから、周囲とのちがいがあるから、抑うつ傾向が強くなる」(本当は心配ないのに)としています。一方で、専門家や医療者は信頼を得ないといけない、その上で、相談会や少人数の会合などで、味方であるという姿勢が大事、と。
 「被ばくの影響にしきい値はない」というのが国際的到達点のはずです。「安全」という結論ありきで、格好だけ味方のように近づいてきて、相談という名の「啓蒙」をする(これがまさしくチェルノブイリに習って広まっている「エートス」ですね)…そのおかしさに取り囲まれているのが現在の福島の状況なのだと思います。そこで踏ん張っている母親たちとつながりながら、何ができるか一緒に考えようと話しながら、帰途につきました。
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(インタビュー)
福島のお母さんの心 精神科医福島学院大学教授の香山雪彦さん
20141113
朝日新聞

 東京電力の原発事故発生から3年8カ月がたった福島。お母さんたちが子育てや生活の悩み、不安を、気軽に口に出すことが難しくなっているという。その背景を母親たちの心に向き合っている精神科医、香山雪彦さんに聞いた。九州電力川内原発の再稼働が決まったいま、大事故に見舞われた福島の声に改めて耳を傾けてみよう。

 《福島市内の3~6歳の幼児の母親約250人を対象にしたアンケートの結果、4人に1人にあたる24%は抑うつ傾向が強いという結果が出た。香山さんや佐々木美恵さん(現埼玉学園大学講師)たちが、昨年末から今年1月にかけて実施した。》

 ――福島のお母さんの抑うつ傾向が数字で示されたことになります。

 「通常、日本のこうした調査での抑うつ傾向の割合は約15%です。被曝(ひばく)による子どもの健康への影響を懸念する人ほど、その傾向は強い。放射線の問題の受け止め方に周囲との温度差を感じることが、抑うつをもたらしていることも分かりました」

 ――福島市は原発から数十キロ離れており、避難指示も出ていません。

 「福島市で普通に生活していれば、原発事故後の追加被曝線量は、年間1ミリシーベルトに達しない状態になっています。これは、原発事故とは関係なく、自然に被曝する年間線量の半分以下です。それでも不安を感じる人はいます」

 「不安には個人差があります。福島産の食べものは怖いから子どもには食べさせないし外遊びを制限する人もいれば、食品は気になるけれど外遊びは気にならない人もいる。どちらも気にならない人もいます」

 ――不安の個人差が周囲との温度差につながるわけですね。

 「保育園への通園途中の被曝が心配だから車で送って行ったら神経質だと思われないか、子どもに福島県産の食品を食べさせたら無神経だと思われないか……。被曝への不安の差は、日常生活で周りの人との行動の違いとなって現れます。それが孤立感や不安につながり、抑うつの原因となるのです」

 「夫婦や親子間でも被曝に対する温度差があり、避難への考えも違います。それが原因でぎくしゃくしたり、離婚したりする夫婦もいます」

 ――私も福島市に住んでいます。最近、被曝があまり話題にのぼらなくなった、気にならなくなったからだろうかと考えていました。

 「福島市内のある保育園はこの夏、毎年開いていた放射線の専門家によるミニ講演会の中止を考えました。被曝を話題にする保護者がほとんどいなくなったためですが、意向を確認するためにアンケートをしたら、意外にも大半の保護者が講演を聞きたいと答えたそうです」

 「転んでできた傷口から被曝しないか。砂場の土がついたおもちゃをなめたが大丈夫か。そして、このまま福島市で育て続けて大丈夫か。そんな質問を専門家に尋ねたいという希望が寄せられたそうです」

 ――では、なぜ被曝があまり口にされなくなったのでしょうか?

 「多くの人は自分なりに被曝と折り合いをつけて生活していますので、あえて被曝を話題にしなくなっている面はあります。しかしそれ以上に、事故から時間が経つにつれ、被曝を話題にできなくなっているというのが実態に近いと思います」

 「自分の被曝への対応が他の人と違うと、変な人だと思われないか、という不安が一因です。被曝を口にするだけで、いまだに被曝を気にする神経質な人だと思われるんじゃないかと、心配する人もいます」

 「話す相手の体験がわからない場合も口が重くなってしまいます。福島市から他県に子どもと自主避難した人が、知らない土地での苦労を打ち明けたいとします。でも、もし話そうとする相手が避難指示区域出身で自宅に戻れない人だったら、申し訳ない。そんな風にあれこれ考えると話せなくなってしまうのです」

 ――自分の体験談は、県民同士より県外の人に話す方が気が楽だという話を聞いたことがあります。

 「震災後半年ぐらいまでは違いました。県民同士、事故直後にどんな怖い思いをしたかなど、お互いの苦労話を純粋に共感しあって聞くことができました。時間が経つにつれ、自宅の場所や家庭の経済力などにより生活に差が出てきて、共感しあえなくなり、県民が分断されている」

 「東京電力の慰謝料も格差の原因となっています。避難指示区域の住民には1人月10万円支払われます。4人家族なら月40万円です。それを面白く思わない人もいて、避難指示区域の住民が住む仮設住宅に中傷のビラが投げ込まれたり、福島市内を走る原発周辺のナンバーの車が後続車からクラクションを鳴らされたりする事態まで起こっています」

 「プライベートな問題全般を話しづらい雰囲気になっている。表面的には福島県民の生活は落ち着いてきたようにみえますが、同郷の人たちのきずなも深いところで傷を負い、共有できる価値観や話題を見いだせなくなっているように思います」

 ――被曝への不安が残り、一人ひとり温度差がある。県民同士の分断もある。状況を、少しでも改善する手立てはないものでしょうか?

 「事故当初は、私たち医師も含め大半の県民は放射線についてほとんど何も知らなかった。ですから放射線の専門家が大勢の聴衆に話をする講演会が有益でした。しかし今は、被曝の問題は個別化している。講演会で最大公約数的な話をしても、不安解消には役に立ちません。それよりも、専門家がごく少人数の県民と顔のよく見える形でひざ詰め集会を開いた方が効果的だと思います」

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 《大学での授業や診療の一方で、香山さんは摂食障害の人たちの自助グループの支援を20年間以上続けている。その大きな柱は患者との面談や、家族も含めたグループミーティング、つまり語らいである。》

 「グループミーティングの体験から考えると、専門家が一方的に話すのではなく、不安を持っている参加者の体験や心配ごとなどを、できる限り話してもらうことが大切です。体験を話すだけで、話した本人の気持ちは多少は楽になります。似た体験をした人がいれば、共感しあえることで、救われます」

 ――少人数の会合を地道に開くことが結局は早道ということですか?

 「そうです。ただ、大前提は、放射線の専門家や医療従事者ら支援する人と、会合に参加する県民との間の信頼関係です。信頼が無ければ話を聞いてもらえませんし、本音を話してくれません」

 「専門家や支援者は、相手を丸ごと受け入れ、いつも相手の味方である、という姿勢をとり続けることが大切です。科学的には健康に影響はないはずの被曝でも不安な人はいます。それを『科学的ではない』と否定しても、相手の不信感を招くだけです。科学的な知見について説明はしつつ、それとは関係なく、相手の人格や人生を受け入れる姿勢がぶれてはいけません」

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 《福島市のお母さんたちへのアンケートでは、この状況で子育てをする上で「何が支えになっているのか」も尋ねた。自分の子どもの存在を支えにして生きてきたという人が最も多く、4段階評価で376ポイント。その次が自分の母親、夫、友人と続き、一番評価が低かったのは国や県、市町村。225ポイントだった。》

 「子育てには様々な悩みがあるけれど、子どもの存在自体に励まされて、この不安の中でも、生きる力になるんですね。国や県などの評価が低い原因は調査していませんが、事故直後に発言が二転三転したり、対応策が後手に回ったりしたことが影響しているのかもしれません」

 「国の川内原発などへの対応をみていると、再稼働の必要性や安全性ばかりが強調され、万が一、事故が起きた時にどうやって住民を放射能から守るのかがよく分かりません。再稼働を懸念する人たちにも心を配っている姿勢をはっきり示さなければ住民の信頼を得るのは難しい。信頼というものが私たちの社会でどれだけ重いものか、私は日々の診療の中で感じています。福島原発事故でそれが痛いほど分かりました」

     

 かやまゆきひこ 45年生まれ。山口大学医学部卒。87年、福島県立医大教授(神経生理学)。92年から摂食障害の自助グループ活動に携わる。2011年から現職。

 事故後の行動、住民から聞き取りを ロシア放射線衛生研究所教授のミハイルバロノフさん

 私は1986年のチェルノブイリ原発事故直後から、現地の人々の放射線被曝管理に携わりました。福島にも何度も来ています。東京電力福島第一原発事故の影響について、世界の100人以上の科学者がまとめた国連科学委員会の報告書(今年4月発表)では、住民被曝を調べるグループ責任者を務めました。福島県民の甲状腺被曝線量はチェルノブイリに比べ1桁も2桁も少なかったというのが報告書の結論です。

 ただし、報告した数値はあくまで平均値であることに注意する必要があります。実際にはこれより少ない人もいれば多い人もいるでしょう。しかも、数値には不確実性が残ります。福島では甲状腺被曝の実測値はわずかしかありませんでしたので、環境や食品に残っている放射性物質の濃度などから、推計せざるを得なかったからです。

 チェルノブイリでは少なくとも約3万5千人の甲状腺被曝線量の実測値がありました。線量計測とは別に、多数の研究者が何カ月も動員され、聞き取り調査も実施しました。このうち約2万5千人についてはいまも甲状腺検査を継続しています。

 一方、福島では甲状腺の実測値が千人程度しかありません。実測値に代わる推測値をより実態に近づけるには、原発周辺住民の詳細な行動の聞き取り調査が重要です。事故直後にどこにいて、どんな被曝防護策をとったか、何を食べたかなどを、詳細に尋ねる。事故から3年半以上たち、記憶は薄れている。特に甲状腺被曝の健康への影響が出やすい子どもたちには、これからでもいいから早急に行うべきです。

 福島県では、これまでに甲状腺検査を受けた約30万人のうち約100人が甲状腺がん、またはがんの疑いと診断されました。ドイツの研究などで、症状のない人の甲状腺を網羅的に調べると、福島と同じような頻度でがんが見つかるとわかってきました。いま福島で見つかっている甲状腺がんは、被曝の影響ではなく、無症状の人を網羅的に調べたために見つかっていると言えます。

 ただし、甲状腺被曝線量に不確実さが残ることを考えれば、福島では今後も甲状腺検査を継続するべきです。被曝とがん発生との因果関係を解明するには、被曝線量とがん発生との相関関係を調べる必要があります。そのためにも、被曝線量の推計値を実態に少しでも近くするための努力が不可欠です。(聞き手大岩ゆり)

     

 Mikhail Balonov 44年生まれ。チェルノブイリで住民の被曝調査に関わる。WHOなどがまとめた「事故後20年報告」責任者。

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